ロンガの海

クラウドファンディングを実施
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お力添えをいただけますと幸いです。
実施期間 2025年6月15日(月)―9月15日(火)
ゆるすことはできても
忘れることはできない。
戦時下の1942年、日本はオランダ領東インド、現在のインドネシアを占領。「大東亜共栄圏」を掲げ、解放をうたっていたその裏で、インドネシアの人々には過酷な労働と支配が強いられていた。ロームシャと呼ばれる労働者を大量に動員し、鉄道建設や軍事インフラ整備に従事させた。過酷な環境下による飢餓や病で多くの命が失われた。やがて日本は敗戦。インドネシアを占領した日本兵のうち、1000人が軍を脱走し、インドネシア独立戦争に身を投じ、半数以上が命を落とした。生き延びた者たちは、この地で静かに生きていくことを選んだ。

「残留日本兵」の子孫は、今もなお「侵略者の子」と呼ばれ続けている。2023年7月、20~30代の日系インドネシア人が、ジャカルタ郊外に元日本兵の歴史を伝えるため「残留日本兵歴史資料館」を設立した。その活動に関わる一人、三世のマリオ黒岩。彼の祖父・黒岩通は日本の占領中、インドネシア・スマトラ島のアチェで、特別警察隊長として、抗日スパイを摘発していた。
日本の敗戦後は、独立を認めない連合軍が再び侵攻をはじめると、日本軍の武器・弾薬をインドネシアに引き渡し、自ら部隊を率いて独立戦争の指揮を執った。独立戦争中、黒岩はアチェに暮らすエマと結婚。自身の名をモハメド・アリと名乗り、村長に就任。長男・レオと、マリオの父である次男・ヘンドリにも恵まれた。4年半にわたる戦いの末、独立を得たインドネシア。そこからわずか6年後の1955年、黒岩は家族を残し日本に帰国してしまう。マリオの父、ヘンドリは永い間父に棄てられた思いを抱いて暮らしてきた。
祖父は何者だったのか。なぜこの地に残り、なぜ去ったのか。歴史の狭間に埋もれた家族の記憶と葛藤を辿るとともに、自身のルーツに向き合う旅がはじまる。

映画賛同コメント到着!

(敬称略・順不同)
大島 新
(ドキュメンタリー監督)

「人は許すことはできても忘れることはできない」
被害者の娘に許された加害者の孫が発した言葉だ。その含蓄の深さに唸った。だが祖父を加害者にしたのは誰だ? 国家だ。本作は、国家が個人に強いる戦争というものの非道さを浮き彫りにした。これを「異常な時代の話」と、切り捨てられるだろうか?

森達也
(映画監督)

なぜ父は、母や幼い私たちを残して、いきなり日本に帰国してしまったのか。
老いた息子の旅は思いがけない方向に進む。
日本の加害責任が透けて見える。つくづく思う。人は悲しいほどに多面的な生きものなのだと。

坂手洋二
(劇作家・演出家)

個人の生命力は、時として歴史を乗り越える。
二十世紀の終わりの頃、インドネシア独立戦争に身を投じた残留日本兵たちの互助組織「福祉友の会」の人々にインタビューした。彼らについての記録が少なすぎると思った。
今、「帰国した残留日本兵」の足跡を描く映画が登場した。

日下部正樹
(TBS 「報道特集」キャスター)

国家が作り出す歴史物語はナショナリズムやイデオロギーのふるいにかけられ時と共に歪められてゆく。恐ろしく単純化され善悪の二項対立に収斂されてゆく。だが個人の歴史は そんなに単純ではない、悪人が聖人になり、強者が弱者となる。
小西監督は関係者の証言 を丹念に辿り埋もれていた個人史の再構築に成功した。

綿井健陽
(ジャーナリスト・映画監督)

これまで映画制作を共にした小西晴子監督から何度か直接話を聞いたが、
彼女の父はインドネシアで敗戦を迎えた日本兵だった。
彼女が父と過ごした人生と、この映画に登場する黒岩家の人生は重なる。
そして、これまで多くの日本人がたどった歴史とも、どこかで重なるだろう。
戦争体験の「ファミリーストーリー」から、戦争責任を静かに問いかける映画だ。

安田菜津紀
(メディアNPO
Dialogue for People副代表・
フォトジャーナリスト)

「植民地主義」「占領」に良いものなどない――加害国のルーツと家族への思慕の狭間で揺れ動きながらも、マリオがこの言葉にたどり着くまでの真摯な旅の軌跡がここにある。